Flash CS3バージョン8までは M...

日本における普及

日本での本格的な流通はFlash 2の頃からであるが、実際にはFutureSplashの直輸入版も一部店舗では取り扱われていた。Flashに最初期から注目していたメンバーが開設した現在のFlash-japanにあたるメーリングリストはこの時点で既に活動が始まっている。また『おしえて!!Flash』に代表される解説書がこの時期に一挙に発売された。

ウェブサイトの一般ユーザーに広くFlashが認知されるようになったのはFlash 4の時期とされる。数々の企業サイトで採用されるに至っていたが、特にフォークデュオのゆずの公式サイトは、そのほとんどをFlashで構築した上、「ゆず一家の家の中」を探索するアドベンチャーゲーム風の演出をそれに取り入れていた。他方で個人制作されたFlash作品もこの時期を境に増え始めており、個人制作Flashの「投稿型コミュニティ」や、自動リンクを用いて主催者が気に入った作品を登録する形式で紹介するウェブサイトが派生してきたのもこの時代である。

いわゆるMADムービーの制作ツールとしてFlashが多用されていた時期があり、『サザエさん』や『ドラえもん』、コミックソング等を素材に使用した作品が数多く公開された。一方で個人制作ながら表現において高レベルの水準に到達した『つきのはしずく』や、脚本に注力されFlashに興味の無い一般層も抵抗無く作品世界へ引き入れることに成功した『キミとボク』など、黎明期を代表する作品が発表されている。

また2ちゃんねるの利用者増加にしたがって、同掲示板内での内輪受けを狙ったFlash作品からも大きな流行が起こり、2002年始めに設立されたFLASH・動画板はその中核となった。作品にアスキーアートを多用している(比較的キャラが決まっているので、一から設定する必要がない、画力の差がそれほどでない、などの利点がある)。掲示板内の有志で様々なテーマに沿った「発表会」も主催されるなど、制作者同士の情報交換が頻繁に行なわれた。他にも作品に「泣ける系」「PV系」などの独特なジャンル分けを行なったり、Flash制作者を「Flash職人」と呼称するなど、独自の文化を形成している。

2005年春には商用音楽を無断転載して公開していた Flash を逆に企業が注目し、プロモーションとして大々的に抜擢する異例の「大出世」があった。(「恋のマイアヒ」参照)。また、2006年には同じく商用音楽を無断使用していたFlash「WALKING TOUR」が絵本化され、その際に同梱されたCDに収録のFlashに、当初は無断使用されていたプラネテスの「PLANETES」と同じ黒石ひとみによって新規に書き下ろされた曲が使われた。

Flashのバージョンアップに従って、Flashに搭載されているスクリプト言語であるActionScriptが高度化されたことに伴い、ウェブブラウザ上なら軽快に動作し、比較的容易な開発環境にあるFlashを使用した数多くの大規模なネット・ゲームやコミュニケーション・サイト、動画配信や地図ナビゲーション、Flash Liteを使用した携帯アプリなど、スクリプトベースで「作品」が制作されることが増加傾向にある。

2006年春、『菅井君と家族石』で注目されていたFROGMAN(蛙男商会)が、また、全編Flashで制作された史上初のテレビアニメーションシリーズ『THE FROGMAN SHOW』が制作され、テレビ朝日・朝日放送にて放映。映画化やゲーム化なども行なわれた。加えて、うすた京介の漫画『ピューと吹く!ジャガー』が、蛙男商会の手によりFlashでOVA化されている。

Linux 版

サーバベース・コンバータ(現在、α版)

注意すべき作品傾向

Flash作品の中には、最初に間違い探しや色盲テストなど鑑賞者に画面を注視させる画像を表示しておいて、突然画面が切り替わり、怪物や血まみれの人物が絶叫と共に表示されるなどのドッキリ映像も存在する。電子掲示板にFlash作品への直リンクが書き込まれている場合は、この類いの作品への誘導である可能性があるため、再生には注意が必要である。いっぽうで、中には屁をしている男の写真が出るなど、アメリカンジョーク的なユニークな作品もある。なお、こうした鑑賞者を驚かせる目的で作成されたFlashのさきがけは、1990年代後半に一部で「心霊写真の画像」として有名となったアニメーションGIF画像とみられる。一見すると何の変哲もない小屋の写真で、どこを見ても幽霊らしきものを探すことはできないのだが、表示から一定の時間を過ぎると、突然小屋の扉から幽霊が飛び出してくる内容で、昨今頻繁に出回っている「絶叫Flash」は基本的にはすべてこの模倣であるといえる。

また、●○の曲を逆再生すると…といったFlashと見せかけて、再生し始めてしばらくは音量が小さく、鑑賞者がボリュームを上げて注意深く聴いていると、突然大音量で絶叫する声が再生されるといったFlashもある。

インターネットのグロテスク画像も参照のこと。

再生ソフトウェア

アドビシステムズ以外が実装する Flash 再生ソフトウェアは存在するものの、いずれもまだバグが多く実用レベルに達していない。なお、swfのファイルフォーマットの仕様は公開されている。昔は、この仕様書を再生ソフトウェアの作成に用いることはできなかったが、2008年5月1日に、ライセンスが変わり、Open Screen Project が始まり、互換プレーヤーを作ることが可能になったhttp://www.adobe.com/aboutadobe/pressroom/pressreleases/200804/050108AdobeOSP.html

 ・Gnash(クロスプラットフォーム)
 ・Swfdec(Linux OS と FreeBSD)
 ・GPLFlash(UNIXR 互換 OS と AmigaOS)

Adobe

パロアルト研究所にいたチャールズ・ゲシキーとジョン・ワーノックは、ページ記述言語・インタープレスの研究開発を行っていたが、ゼロックスはこれをビジネスには利用しようとしなかったため、独立を決意し、1982年にAdobe Systemsを設立した。名前は、当時ロスアルトスにあったワーノックの自宅の裏を流れる川の名前からとったとされている。

当初はページ記述言語をもとに、DTPシステム自体を事業の核にしようと考えていた。アップルコンピュータでは新しくレーザープリンタを開発していたが、高精度な印刷ができないことに悩んでいたスティーブ・ジョブズがこのようなページ記述言語の存在を知り、アップルのレーザープリンタに供給することを依頼した。この結果、アドビはハードウェアメーカーではなく、プリンタメーカーにページ記述言語を供給するソフトウェアメーカーとなった。

1985年にPostScriptを発表。この頃の売り上げの大半はアップルからのライセンス使用料であった。しばらくはPostScriptのライセンス供与がビジネスの柱であったが、1987年にIllustratorを発表して、アプリケーションプログラムの販売に参入する。

1989年にはPhotoshopを発売。このころまで、アドビのビジネスは「紙に印刷すること」を目指していたが、動画編集ソフトのPremiereの開発・発売、さらにAcrobat・PDFを開発することで、ビジネスの方向をディジタルデータのオーサリングに向けることになる。

設立からMacintoshとの関係が深かったが、Windows 95が発売されて以降、Windowsとの関係も深くなってきている。

Adobe



Flash CS3

バージョン8までは Macromedia Flash と Flash Player がほぼ同時にリリースされていたが、Windows・Mac用 Flash Player 9 が2006年6月にリリースされた(開発環境は現在、Adobe Flash CS3 ProfessionalかFlex 2およびFlex 3)。

Linux OS 用について見ると、Flash Player 8 はそのリリースが見送られることとなった。その後、Flash Player 9 が Windows・Mac 用よりも数ヵ月遅れた2007年1月にリリースされた。Linux OS 用のリリースが遅れた理由は、多くの Linux ディストリビューションに対応させる必要から、開発に相当時間がかかったためであるといわれている。